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服部洌パストガバナーを偲んで
加納達男(東京浅草RC) 服部ガバナー年度地区幹事 |
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「夫婦二人の永遠のパスポート」
1986−1987年度ガバナー服部洌さんが、3月22日亡くなられました。同氏は東京浅草ロータリークラブのチャーターメンバーで、第11代会長でした。巨星堕つという衝撃を私共全員感じましたが、国際ロータリー及び日本のロータリーには極めて重大な損失であると思います。
服部さんは、大正15年1月東京の下町に生まれ、早稲田大学文学部に籍を置き、文学青年を夢見ていました。終戦を契機に父の家業を継ぎ、靴クリームの事業に専心し、コロンブスのブランドで飛躍を続けました。その営業活動中、ロータリーを知り、是非会員になりたいと切望いたしました。東京ロータリークラブに一人訪れ入会を申し込みましたが、断られました。暫らくして、東京浅草ロータリークラブが出来ることを知り創立会員の一人として精励し、以後人生の半分以上をロータリーの為に尽くされました。そして職業奉仕の如何に大事かを体得され、全てに実行されました。
22年前の1986−1987年度ガバナーの折、私も地区幹事として沖縄12クラブを始め全クラブに同行して公私色々と勉強させて頂きました。公式訪問の前夜は情報の分析・計画・時間の配分及び卓話の要旨を頭に入れて臨みました。金銭に関しては極めて厳格で公私の別を明白に処理されました。服部さんは人生の師です。
この頑固と思われる事業経営者とは別な一面、文筆・写真も卓越した才能と技術を持ち、和洋の絵画・ステンドガラス・エジプト産の超小型ガラス香水入れ等多趣味な方でした。「経営アラカルト」という人生及び経営に資する単行本数巻を発行し、また世界の風景・静物を撮り、これをセレクトして詩文を添えた大型写真集2巻は極めて豪華な出来栄えです。
昨年春以来、入院中の奥様が12月10日に亡くなられました。服部さんは朝夕必ず病院に寄って奥様を慰めておられました。ご自身も19kg痩せたと言って洋服屋に行く由。
本年2月初め、奥様の七七忌に頂いた写真集は、奥様独りをヒロインに、背景は世界の名所を配した大きな画面で80点に及び
大型のアルバムでした。白表紙に金文字で、「妻のパスポート」と浮かびます。これは服部さんが妻の死期を知って、生前に編集作成されたアルバムです。胸一杯です。
服部さんの体調不良を奥様への看護の為とばかり思っていた私共は、残念で申し訳なく後悔しております。
服部さんは100ヶ日遅れて、奥様の後を追って旅立たれました。
「夫婦二人の永遠のパスポート」作成の為に。 |
〔合掌〕
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東京浅草ロータリークラブ第2000回例会記念ナイトクルーズ〔2006.8.28〕
服部パストガバナー(左)とクラブメンバー |
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