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ロータリーの理論と現状
地区研修リーダー 戸田一誠(東京練馬西RC) |
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1.ロータリーの理論
私には、「ロータリーの理論」等という大仰な事柄を論ずる資格はありませんが、与えられたテーマなので一寸だけ触れておきます。
言うまでもなく、ロータリーは職業奉仕を中心とした人づくり集団であります。ロータリーの理論を一言で言えば「職業奉仕」につきるでしょう。しかしながら昨今の話題を見ると、大企業或いは地方の有力企業の役員がそれぞれロータリアンであるにも拘わらず、偽装工作等により、自身の会社のみならず業界全体の社会的信用を失墜している現状が浮き彫りにされています。一体ロータリーの職業奉仕とはなんだったのか、クラブは企業規模の大小や社会的地位の上下などにとらわれることなく、確かな人づくりを実践してきたかなど、深刻に考えざるを得ません。理論的欠陥があるとは思えないので、何か他に原因があるはずであります。私は、経済が全てであるかのような錯覚が原因の一つであると考えています。ロータリーの構成員の大多数を占める経済人のモラルに関する認識の水準に問題の鍵はありはしないか、と言う疑念を払拭することが出来ません。
2.ロータリーの現状(実態)
国際ロータリーは、この30年余に亘り様々な規制緩和を行ってきました。少し拾ってみると、1.クラブ区域限界の緩和、2.出席規定の緩和、3.職業分類の緩和、4.インターネットクラブの誕生、等が挙げられます。しかしながら、これらの全ては、会員増強をよりたしかなものにするための施策として実行されてきました。その結果様々な弊害も生じはしましたが、会員増強はいかなる組織にとっても至上命題なのであって、私はこの施策に対して「絶対反対」というわけではありません。むしろ問題は、これらの施策を受け入れる側にありはしないか、と思えなくもない気がします。一つの態度は、「極端な拒絶をしつこく繰り返す」、というものであります。もう一方は、ひたすら「お上のご意向として拳々服膺」する態度であります。拳々服膺も問題ですが、最も罪深いものは、職業奉仕を大上段に振りかぶって、国際ロータリーを徹底的に扱き下ろす態度でしょう。いかに優れた理論を構築したとしても、ロータリーの理論は、物理学や数学ではないのです。即ち、尊い崇高な理論であれば、それを説くものの人間性や品格が問われるのは当然であります。理論と実態の乖離が激しいほど、理論が空虚になってしまうということに、私たちはもっと早く注意を向けるべきでした。職業奉仕を説く人々の中には、どちらかというと悲観論者が多いように思えますが、私はまだまだ人の善意を信じたいクチであります。
- ロータリーが、ひとりひとりを発展させてゆく一つの方法は、各人の中に少年の心を保ってゆくことである。善良な人たちの心の底には必ず少年があって、その少年の人生に対する見方はすばらしいもので、スポイルされても居らず、偏見もなく、寛容であり、強い熱意と友好的な気持ちをちゃんと持っている。少年の心が無くなってしまったときは悲しい。
(ロータリーへの私の道−P.ハリス)
- お互いに相手を憎んだり軽蔑したりする場合、憎しみの相手をただ知らないだけだということがあります。要するに無知が根底にあるのです。無知こそ平和にとっての脅威なのです。他のことが同じだとしたら、知的水準が高ければ高いほど、相手にお節介をしたり、批判したり、いばり散らしたりすることが少なくなるものです。
(同上)
- 愛された子供は愛する人になる。愛されなかった子供が愛する人になるのは至難である。愛した人は愛される人になる。
('07年ロータリー研究会・阿部志郎氏講演より)
さあ、希望を持って前へ!!
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